記憶喪失のふりで家族に養子だと騙された

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記憶喪失のふりで家族に養子だと騙された

GoodNovel new 完結

娘の誕生日を祝おうと出かけた途中、俺たちは交通事故に遭った。 意識を取り戻した俺――相沢慎(あいざわ しん)は、病床を囲む家族を見渡し、冗談を口にした。 「すみません。どちらさまですか?」 笑いをこらえながら、記憶を失ったふりをする俺に、みんながどんな反応をするのか見てみたかった。 父や妻の藤崎葉月(ふじさき はづき)が心配そうに俺の手を握るのか。それとも、娘が泣きながら「パパ」と飛びついてくるのか。 ところが、彼らは一瞬驚いたあと、揃って安堵の表情を浮かべた。 最初に口を開いたのは父だった。どこか肩の荷が下りたような声で言った。 「忘れたなら、かえって好都合だ。実はお前は神崎家の養子で、修平が本当の息子なんだ」 葉月も俺を指し、娘に言った。 「この人のことは、慎おじさんと呼びなさい」 衝撃で何も言えずにいる俺の目の前で、命懸けで守った娘は振り返り、神崎修平(かんざき しゅうへい)の胸へ飛び込んだ。 「パパ!今日は一日中遊びに行ってたから、会いたかった!」 俺の「記憶喪失」は、彼らにとってまさに好都合だったのだ。 それなら、こんな偽りだらけの関係など、もう何もかも捨ててしまえばいい。

チャプター (1)

第1章

娘の誕生日を祝おうと出かけた途中、俺たちは交通事故に遭った。 意識を取り戻した俺――相沢慎(あいざわ しん)は、病床を囲む家族を見渡し、冗談を口にした。 「すみません。どちらさまですか?」 笑いをこらえながら、記憶を失ったふりをする俺に、みんながどんな反応をするのか見てみたかった。 父や妻の藤崎葉月(ふじさき はづき)が心配そうに俺の手を握るのか。それとも、娘が泣きながら「パパ」と飛びついてくるのか。 ところが、彼らは一瞬驚いたあと、揃って安堵の表情を浮かべた。 最初に口を開いたのは父だった。どこか肩の荷が下りたような声で言った。 「忘れたなら、かえって好都合だ。実はお前は神崎家の養子で、修平が本当の息子なんだ」 葉月も俺を指し、娘に言った。 「この人のことは、慎おじさんと呼びなさい」 衝撃で何も言えずにいる俺の目の前で、命懸けで守った娘は振り返り、神崎修平(かんざき しゅうへい)の胸へ飛び込んだ。 「パパ!今日は一日中遊びに行ってたから、会いたかった!」 俺の「記憶喪失」は、彼らにとってまさに好都合だったのだ。 それなら、こんな偽りだらけの関係など、もう何もかも捨ててしまえばいい。 第1話 「杏奈、これからはママの言うことを聞くのよ。もう慎おじさんに甘えたりしないで」 葉月は複雑な目で俺を見つめていたが、そこに罪悪感も後ろめたさも見えなかった。 杏奈(あんな)は葉月の腕の中から顔をのぞかせ、ためらいがちに俺を見た。 そして、無邪気な声で呼んだ。 「慎おじさん」 その呼び名が胸の奥に突き刺さり、鈍い痛みがじわじわと広がった。 修平が病床の前まで来ると、責めるように言った。 「慎、俺も葉月も仕事で忙しいんだ。少し子どもを見てもらっただけなのに、どうしてこんなことになるんだ?杏奈が無事だったからよかったものの、もしものことがあったら責任を取れたのか?本当に、お前は何一つまともにできないんだな」 修平が言い終えると、俺がずっと認めてもらおうとしてきた父も、すぐさま同調した。 「修平、そんな言い方はやめなさい。こいつは神崎家の血を引いていないんだ。何をやらせても優秀なお前とは違う。こればかりは、持って生まれたものなんだろう」 父はため息をつき、誇らしげな目で修平を見ながら、その肩を叩いた。 胸の内が冷え切っていった。 神崎家の本当の息子は俺だ。 修平は、俺の20年以上にわたる人生を奪った家政婦の息子だった。 当時、家政婦は自分の息子に裕福な暮らしをさせるため、生まれたばかりの俺たちを入れ替えた。 俺はその家で育てられ、事あるごとに殴られたり罵られたりした。 何度も聞かされたのは、いつも同じ言葉だった。 「神崎修平を見てみなさい。あの子こそ本物の御曹司よ。あんたなんか足元にも及ばない。身の程をわきまえて!」 やがて真相が明らかになり、俺は神崎家に引き取られた。 これでようやく苦労が報われると思っていた。 それなのに実父は、俺が記憶を失ったと思った途端、いとも簡単に俺を切り捨てた。 「慎、聞いてるの?」 葉月の声で、俺は過去の記憶から引き戻された。 彼女は冷たい声で続けた。 「杏奈が言ってたわ。運転中ずっとスマホを見ていたから、ガードレールにぶつかったんでしょう。杏奈がシートベルトをしていたからよかったものの、もしものことがあったらどうするつもりだったの?叔父として何をしていたのよ!」 俺は信じられない思いで娘を見た。 事故が起きた瞬間、俺は助手席の杏奈をかばいながら反射的にハンドルを切り、運転席側からガードレールに衝突した。 額をハンドルに打ちつけ、割れたガラスで腕を切ったが、杏奈は無傷だった。 それなのに、命懸けで守った娘は今、幼い声で悪意に満ちた嘘をついている。 「俺はスマホなんか見てない!」 起き上がろうとした拍子に傷が痛み、思わず息を詰めた。 「こんな子どもが嘘をつくとでも言うの?」 葉月の声が一段と大きくなった。その目には、露骨な嫌悪が浮かんでいた。 「慎がこんなに反省できない人だったなんて、今まで気づかなかった。よくもそんな見え透いた嘘がつけるわね!」 俺は口元をゆがめ、自嘲気味に笑った。 「子どもだって嘘はつく。現に、こんなにうまくついてるだろ」 修平はわざとらしく目を見開いた。 「慎、杏奈に向かって何を言うんだ!まだ子どもだぞ!まさか、わざと事故を起こして杏奈を殺し、神崎家と藤崎家の財産をすべて奪うつもりだったんじゃないだろうな?」 あまりにも荒唐無稽で、言葉も出なかった。 父の顔色がたちまち変わった。 俺を指さし、憎々しげに吐き捨てた。 「慎、よく聞け!そんな浅ましい考えは捨てろ!自分の立場をわきまえろ!」 第2話 また「自分の立場をわきまえろ」か。 その言葉は、まるで呪いのように俺につきまとってきた。 幼い頃は育ての父から、今は実の父から、何度も同じ言葉を浴びせられる。 全身から力が抜け、俺はうつむいた。 これ以上、無意味な言い争いを続ける気にはなれなかった。 手のひらに入り組んだ線を見つめていると、幼い頃に手相を見てもらったときのことを思い出した。 その人は、俺は生まれつき運がなく、身内との縁も薄いと言った。 当時はまだ幼く、言われた意味も分からなかったが、育ての父は笑っていた。 「慎は本当に運のない子だな」 確かに、これまでの人生はあの手相占いのとおりだった。 それでも、俺はずっと運命など信じていなかった。 葉月と結婚し、杏奈が生まれてからは、なおさら自分が不運だとは思わなくなった。 だが今日になって、どれほど望んでも手に入らないものがあるのだと、ようやく分かった気がした。 涙がこぼれそうになり、俺は必死にこらえた。 こんなところで泣くわけにはいかない。まして、こいつらの前で弱みを見せるなど、まっぴらだった。 深く息を吸い、俺は笑って言った。 「俺に財産を奪われるのがそれほど怖いなら、神崎家とは縁を切る」 葉月と父は言葉を失い、驚いた顔で俺を見た。 修平だけは、喜びを隠そうともしていなかった。 「何だと?」 最初に我に返ったのは父だった。 怒りをあらわにして声を荒らげた。 「神崎家と縁を切るだと?お前……もう一度言ってみろ!」 修平はすぐに父の腕を支え、慌てたように言った。 「父さん、怒らないで。慎はきっと、ずっと前からそうするつもりだったんだ。養子とはいえ、神崎家は何不自由なく暮らさせてきた。それなのに恩を仇で返すなんて、本当に恩知らずだよ」 一瞬迷いを見せていた父も、修平の言葉を聞いて完全に考えを固めたようだった。 俺を見る目が、たちまち失望に変わった。 「そうか。そこまで言うなら、好きにしろ!あとで後悔しても知らないぞ!」 こんな家族と縁を切って、何を後悔するというのだろう。 それまで黙っていた葉月が、突然口を開いた。 声を和らげ、なだめるように言った。 「慎、勢いで決めないで。お義父さんも頭に血が上がっているだけよ。家族なんだから、そこまで言う必要はないでしょう?」 俺は鼻で笑った。 「葉月、今さら善人ぶるな。さっきまで一緒になって俺を責めていただろ」 葉月の表情が一気に険しくなった。 「慎!せっかく止めてあげているのに、その態度は何なの!」 「ママ、慎おじさん、けんかしないで」 杏奈がおずおずと葉月の服を引き、顔を上げて尋ねた。 「これから慎おじさんは、もう一緒に暮らさないの?ずっとパパとママと3人でいられるの?」 杏奈がパパと呼んでいるのは、修平だった。 葉月は答えず、ただ俺をじっと見つめていた。 修平はしゃがんで杏奈の額に口づけると、優しい声で答えた。 「もちろんだよ。これからはパパとママと杏奈、家族3人だけだ。もう邪魔する人はいないよ」 そう言って、挑発するように俺を見た。 はしゃぐ杏奈の姿を見て、胸の奥が重くなった。 これが、俺が命懸けで守った娘なのか。 俺が引き止めようとしないことに気づくと、葉月の表情はさらに険しくなった。 「慎、やっぱりあなたには反省する時間が必要ね。しばらく家には帰ってこないで。娘にも会わせない。自分が何をしたのか、きちんと考えてから戻ってきて」 思わず笑いが漏れた。 「葉月、何を言ってるんだ?杏奈が俺の娘だとでも?さっき、俺はただの叔父だと言ったのはお前だろ」 葉月の顔がみるみる赤くなり、言葉に詰まった。 結局、俺をきつく睨みつけると、全員を連れて病室から出ていった。 静まり返った病室で、枕元にキャンディが一つ置かれているのに気づいた。 俺が意識を失っている間に、葉月が置いたのだろう。 幼い頃からつらいことばかりだったせいか、俺は甘いものが好きだった。 どれだけ甘くても、嫌になることはなかった。 指先で包み紙を弄ぶと、かすかな音が静かな病室に響いた。 それを聞きながら、昔のことを思い返した。 愛情とは無縁の環境で育った俺にとって、誰かに愛されることは、ひどく遠いものに思えた。 人をどう愛せばいいのかさえ、分からなかった。 だから葉月に思いを告げられたときも、最初は戸惑うばかりだった。 それでも彼女は諦めず、優しさと思いやりを向け続け、少しずつ俺の警戒心を解いていった。 俺たちの間にあった距離を、葉月のほうからほとんど埋めてくれた。 この世界には、本当に俺を愛してくれる人がいる。 そう信じられたからこそ、俺も最後の一歩を踏み出した。 その一歩の先に、幸せがあると信じていた。 それは、俺が神崎家に引き取られるまでのことだった。 第3話 俺は、すべてを水に流せるほど寛大な人間ではない。 あの家政婦のせいで、俺は20年以上も本当の家族と引き離されたうえ、まともな扱いも受けずに育った。 今も恨みは消えていない。 その息子で、何も知らないまま俺の人生を手に入れた修平に、好意を持てるはずもなかった。 だが当時、葉月は何気ない口調で言った。 「修平だって、何も悪くないでしょう。あの頃はまだ子どもで、何も知らなかったんだから」 その言葉が引っかかり、俺は2日ほど葉月と口をきかなかった。 結局、葉月のほうから機嫌を取りに来て、キャンディを一袋差し出したことで、この話はそれきりになった。 今思えば、あれが俺たちの関係の分岐点だったのかもしれない。 それまでと変わらない日々が続いているように見えて、俺たちはあのときから、すでに違う道を歩き始めていた。 キャンディを口に入れると、舌の上でゆっくり溶けていった。 以前は好きだったはずの甘さが、今は妙にくどく感じられた。 俺はスマホを取り出し、ある番号に電話をかけた。 「おい、慎!お前から電話してくるなんて珍しいな。葉月に骨抜きにされて、俺のことなんか忘れたかと思ってたぞ!」 大学時代からの親友、倉田直樹(くらた なおき)だった。 直樹は、俺が周囲に見せていた姿が本当の俺ではないと見抜き、それでもそばにいてくれた唯一の友達だった。 卒業後は海外へ渡ったが、連絡は取り続けていた。 「直樹」 自分でも分かるほど、声がかすれていた。 「離婚して、海外へ行くつもりだ」 直樹はしばらく黙り込んだ。 「慎、お前……本気で言ってるのか?やっと決心したんだな?」 「ああ」 俺は窓の外に広がる、どんよりとした空を見た。 「ただ、直樹に頼みたいことがある」 「何だ?遠慮せず言え。お前のためなら何だってやる」 退院の日、俺は誰にも連絡しなかった。 まだ足元がおぼつかない状態で自宅のドアを開けると、リビングから楽しそうな笑い声が聞こえてきた。 思わず足が止まった。 大きな窓から差し込む月明かりが、リビングで楽しげに過ごす4人を照らしていた。 俺だけが、その輪の外に取り残されていた。 俺に気づいた途端、笑い声がやみ、気まずい沈黙が広がった。 俺は口元をゆがめ、わざと他人行儀に尋ねた。 「すみません。俺の部屋はどこでしょうか?」 父の表情がこわばった。 すると修平がすぐに立ち上がり、階段の奥にある小さな扉を指さした。 「慎、荷物なら俺たちがまとめて、あそこに置いておいたよ」 そこは狭い納戸だった。 わずか数日のうちに、この家にあった俺の痕跡はすべて消され、狭い納戸へ押し込まれていた。 一方、修平の荷物は、すでに俺と葉月の寝室へ堂々と運び込まれていた。 乾いた笑いが漏れた。 「全員で口裏を合わせて、俺を騙しているのかと思ってた。でも、この部屋を見てようやく分かったよ。俺は本当に、ただの養子なんだな」 「慎……」 葉月は気まずそうな顔で、一歩こちらへ近づいた。 「退院するなら、どうして連絡してくれなかったの?迎えに行ったのに」 俺は冷ややかに葉月を見た。 「お前は俺の妻なのか、それとも修平の妻なのか、どっちなんだ?そんな人に迎えに来てもらうわけにはいかないだろ」 父は露骨に顔をしかめた。 「慎、何だその態度は!修平たちが親切で荷物を片づけてくれたのに、礼も言わず嫌みばかり言いおって!」 修平は傷ついたように表情を曇らせると、父の後ろへ一歩下がった。 それを見た杏奈が、俺に向かって怒鳴った。 「この悪い人!パパをいじめないで!早くうちから出ていって!」 思わず笑ってしまった。 胸が締めつけられるように痛み、俺は全身の震えを抑えられなかった。 それまで黙っていた葉月が、まっすぐ俺を見た。 そして、一つ一つ確かめるように尋ねた。 「記憶を失ったふりをしていたのね?」 俺は葉月を見返し、乾いた笑いを漏らした。 父の顔には、わずかな動揺が浮かんだ。 修平だけは、何一つ悪いことなどしていないと言わんばかりに、堂々と立っていた。 杏奈は大人たちの反応から何かを察したのか、憎しみを込めて叫んだ。 「あなたなんかパパじゃない!絶対に思い出さないで、そのままずっとうちからいなくなればいい!」 「杏奈、いい加減にしなさい!」 葉月がようやく厳しい声で制した。 俺の顔色を見て、葉月は手を取ろうとしたが、俺はすぐに避けた。 「慎、杏奈はまだ子どもなの。悪気があったわけじゃないわ。子どもの言葉を本気にしないで」 俺は手を引き、薄く笑った。 「まだ子ども?もう善悪の区別くらいつく年だ。悪気はなかった、その一言ですべてなかったことにできると思ってるのか?」 葉月の態度が揺らいだと察したのか、修平の顔色が変わった。 額に手を当ててよろめき、弱々しく訴えた。 「葉月……急に気分が悪くなってきた……」 第4話 修平が体調不良を訴えた途端、葉月の意識はすべて彼へ向いた。 そして俺を振り返り、冷たく言い放った。 「これで満足?」 そのまま全員で修平を支え、慌ただしく病院へ向かった。 出ていく直前、父はわざわざ振り返って怒鳴った。 「この疫病神が!」 俺はその場に立ち尽くし、足がしびれてきた頃、ようやく納戸へ入った。 心身ともに疲れ切っていた俺は、狭いシングルベッドに倒れ込み、そのまま眠りについた。 どれほど時間が経ったのか分からない。 乱暴に腕を引かれ、俺は目を覚ました。 怒りに目をつり上げた葉月が、俺をベッドから引き起こした。 「慎!どうしてそこまで卑劣なことができるの!」 まだ意識がはっきりしないうちから、激しい怒声を浴びせられた。 「修平が重度のピーナッツアレルギーだと知っているくせに、わざとピーナッツクリームのケーキを送りつけたでしょう!恨みを晴らすために、修平を殺すつもりだったのね!」 何を言われているのか分からなかった。 ピーナッツクリームのケーキ? 俺がいつ、そんなものを注文した? あまりの言いがかりに、笑いが込み上げた。 「俺じゃない」 「あなたでなければ誰なの!洋菓子店の注文票には、あなたの名前と携帯番号がはっきり書かれているのよ!」 「俺がそこまで馬鹿に見えるのか?名前も電話番号も残る方法で修平を狙って、お前たちに見つかるのを待つとでも?」 葉月はスマホを俺の前へ投げつけた。 「慎、本当に見損なったわ!」 見損なった? それは俺のほうだ。 修平が関わった途端、葉月は迷わず彼を信じ、すべての責任を俺に押しつける。 「好きに考えろ」 もう反論する気にもなれなかった。 「俺がやったと思うなら、警察に通報すればいい」 そう言い残し、葉月を押しのけて、反吐が出るような家を出た。 直樹に事情を話すと、電話の向こうで怒鳴り声が上がった。 「ふざけるな!どう考えても修平の野郎が自作自演で、お前に罪を着せただけだろ!葉月は馬鹿なのか?こんな分かりやすいことにも気づかないのかよ!」 「気づいてる。葉月だって、本当は分かってるんだ」 俺は首を振った。 胸に残ったのは、怒りよりも虚しさだった。 「葉月にとっては、真相より修平のほうが大事なんだよ」 しばらくすると、父から電話がかかってきた。 「慎!どうしてお前は、ここまで卑劣な人間に育ったんだ!修平がお前に何をしたというんだ。なぜあいつを殺そうとした!」 俺は黙って聞いていた。 父がひととおり怒鳴り終えてから、静かに口を開いた。 「父さん、知ってるか?神崎家に引き取られた最初の年、俺は誰にも言わずDNA鑑定を受けた。実の父親が、20年以上も離れていた息子に、ここまで冷たくできるとは信じられなかったからだ」 電話の向こうで、父が息をのんだ。 俺はそのまま続けた。 「結果は、間違いなく親子だった。でも、少しも嬉しくなかった。そのとき分かったんだ。血のつながりだけで、家族になれるわけじゃない。20年以上続いた修平への偏愛は、もう父さんの中に染みついている。父さんにとって、息子は修平だけなんだ」 「でたらめを言うな!」 父は鋭く否定したが、その声には動揺がにじんでいた。 「そうか?」 それ以上問い詰めることはせず、俺は淡々と告げた。 「父さんと呼ぶのは、これで最後だ。今日から、あなたの息子は修平一人だけだ。俺たちはもう他人だ」 そう言って電話を切った。 悲しみはなかった。 感じたのは、これまでにない解放感だけだった。 長い間、重い荷物を背負って歩き続けてきた人間が、ようやくそのすべてを下ろしたような気分だった。 すぐに直樹から電話がかかってきた。 声を弾ませて報告してきた。 「慎、全部終わったぞ!海外のスタジオはもう登記した。立ち上げメンバーも集めてある。全員、業界でも実績のある人間ばかりだ!資産の移転も済んだ。あとはお前の合図があれば、いつでも反撃を始められる!」 「ああ」 短く答えると、直樹の声が少し曇った。 「ただ……本当に全部捨てられるのか?こっちで築いたものも、それに……杏奈も」 本当に捨てられるのか。 俺は目を閉じた。 事故の日、病室で俺を責めた3人の顔が脳裏をよぎった。 俺を騙し、切り捨てたとき、あいつらは少しもためらわなかった。 以前、葉月は俺のことを情に流されやすい人間だと言っていた。 俺自身も、最後には未練が残ると思っていた。 だが今は違う。 俺は冷ややかに笑った。 「今は、未練よりも全部断ち切りたいという気持ちのほうが強い。葉月は、俺をいつまでも好きに操れると思っている。なら、こちらからも、とっておきのプレゼントを用意してやる」

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