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身代わり彼氏を譲ったのに、私が悪いの?
高瀬彰人(たかせ あきと)みたいな人と付き合っている私を、誰もが羨ましがる。 けれど、そう言われるたび、胸の奥にかすかな苦さが広がった。 彰人が仕事熱心なのは本当だ。結婚の話をほのめかすたび、忙しいと言って話をそらされた。 「今は忙しいんだ。まずは仕事に集中させてくれ」 人に優しいのも確かだ。帰国した元恋人には、何から何まで世話を焼いている。 「あの頃、俺が大学院に進むために別れたから、未緒は一人で海外へ行った。海外ではずっと苦労してきたんだ。俺が埋め合わせをするべきだろ」 未緒への埋め合わせだと言って、帰国したばかりで住むところもない彼女を、私たちの家に住まわせた。 「未緒には、こっちに頼れる親戚も友達もいない。部屋を探すにも時間がかかるし、うちにはゲストルームがあるんだから、しばらく住ませてやろう」 熱を出して入院していた私は、退院したばかりだった。それでも彰人は、未緒に埋め合わせをしたいからと、彼女の好物の肉じゃがを作らせた。 「未緒が、海外にいる間ずっと肉じゃがが食べたかったって言うんだ。澄乃が作る肉じゃがが一番うまいから、作ってやってくれよ」 未緒への埋め合わせのため、夜が更けても、二人で試合中継を見続けた。 私はベッドに横になったまま、リビングから時折響く二人の笑い声を聞いていた。 もう、耐えられなかった。
チャプター (1)
第1章
高瀬彰人(たかせ あきと)みたいな人と付き合っている私を、誰もが羨ましがる。
けれど、そう言われるたび、胸の奥にかすかな苦さが広がった。
彰人が仕事熱心なのは本当だ。結婚の話をほのめかすたび、忙しいと言って話をそらされた。
「今は忙しいんだ。まずは仕事に集中させてくれ」
人に優しいのも確かだ。帰国した元恋人には、何から何まで世話を焼いている。
「あの頃、俺が大学院に進むために別れたから、未緒は一人で海外へ行った。海外ではずっと苦労してきたんだ。俺が埋め合わせをするべきだろ」
未緒への埋め合わせだと言って、帰国したばかりで住むところもない彼女を、私たちの家に住まわせた。
「未緒には、こっちに頼れる親戚も友達もいない。部屋を探すにも時間がかかるし、うちにはゲストルームがあるんだから、しばらく住ませてやろう」
熱を出して入院していた私は、退院したばかりだった。それでも彰人は、未緒に埋め合わせをしたいからと、彼女の好物の肉じゃがを作らせた。
「未緒が、海外にいる間ずっと肉じゃがが食べたかったって言うんだ。澄乃が作る肉じゃがが一番うまいから、作ってやってくれよ」
未緒への埋め合わせのため、夜が更けても、二人で試合中継を見続けた。
私はベッドに横になったまま、リビングから時折響く二人の笑い声を聞いていた。
もう、耐えられなかった。
第1話
私はテレビの前まで歩き、電源コードを一気に引き抜き、彰人に向き直った。
「一緒にスーパーへ行ってほしいって言ったときは、仕事が忙しくて時間がないって言ったよね。それなのに、未緒と毎晩試合を見る時間はあるの?」
彰人は仕方なさそうに立ち上がり、私の前まで来た。
「澄乃、これは話が別だ。
前にも言っただろ。未緒は今、うちに泊まってるんだ。長くいるわけじゃないんだから、その間くらい気を配ってやらないと。冷たくするわけにはいかないだろ。
買い物なら、今回は行けなくても、これからいくらでも行けるだろ」
「そうだよ、澄乃。怒らないで」
早川未緒(はやかわ みお)は彰人の後ろに身を隠した。その目は、以前私の元彼を奪ったときと同じように、勝ち誇っている。
深く息を吸い、元彼・黒川奏太(くろかわ そうた)とどこか似た彰人の顔を見つめた。それから、ゆっくり口を開いた。
「それなら、未緒のことは好きなだけもてなしてあげればいい。私はもう付き合ってられない」
二人にはもう目を向けず、寝室へ行って荷物をまとめ始めた。
寝室まで追ってきた彰人は、私の手から服を奪ってベッドに投げ、疲れのにじむ声で言った。
「澄乃、いい加減、拗ねるのはやめてくれないか?今日は仕事で疲れてるんだ。明日の朝も会議がある。本当に喧嘩する余裕はない」
また、それだ。
私と何かする余裕はいつもないのに、未緒のことなら何でも喜んでやる。
顔を背け、服をもう一度抱えた。
「じゃあ、喧嘩はしない。私が外に泊まる」
「澄乃!」
彰人は私の肩を押さえた。「いったい何をそんなに騒いでるんだ?」
「私が騒いでる?」
顔を上げ、彰人の目をまっすぐ見た。
「未緒は彰人の元カノでしょう。その元カノを私たちの家に住まわせて、毎日べったり一緒にいる。それでも、騒いでるのは私だって言うの?」
彰人は唇を引き結んだ。
「俺と未緒のことは、もう終わってる。今はただの友達だ。少し助けてやりたいだけなんだ」
私は鼻で笑った。
「本当に優しいのね」
彰人が眉をひそめた。
「澄乃、そんな嫌味を言って何になるんだ?俺がどういう人間か、澄乃なら分かってるだろ」
彰人は昔から、困っている人を放っておけない。
友人に頼まれれば、どんなに大変なことでも引き受ける。
以前、友人が貸した金を取り戻すのを手伝い、相手に刃物で手を切りつけられて、1か月入院したことさえある。
私の親戚や友人にも、いつも親身になってくれる。けれど今回は、本当にそれだけなのだろうか。
そのとき、未緒がおそるおそるドアを開けて入ってきた。
「ごめんなさい。私のせいで、二人が喧嘩しちゃって。今夜、ここを出ていくから。これ以上、迷惑はかけない」
彰人は一瞬言葉に詰まり、すぐに未緒をなだめた。
「気にするな。こんな時間に一人で出るのは危ない。あと数日したら……」
「未緒はホテルに泊まればいい」
冷たく言葉を遮った。
「澄乃!」
彰人は責めるように私を見た。
私も一歩も引かなかった。
「未緒が出ていかないなら、私が出ていく」
彰人は険しい顔で黙り込み、しばらくして口を開いた。
「俺が未緒をホテルまで送る。澄乃は先に寝ててくれ」
玄関のドアが開く音を聞いてふと思い出し、慌てて二人を追いかけて呼び止めた。
「彰人がホテルに泊まって。未緒にはここに残ってもらう」
彰人は驚いたように振り返った。
「俺を信用できないのか?」
唇をかんだまま、何も答えなかった。
彰人を疑っているわけではないが、未緒がどんな手を使うかは嫌というほど知っている。
前も同じように油断して、足をくじいた未緒を奏太にホテルまで送ってもらった。結局、二人はその夜、関係を持った。
私が黙っていると、彰人は私が自分を信用していないのだと思ったらしい。腹を立て、「分かった、分かった」と繰り返し、そのまま出ていき、ドアを乱暴に閉めた。
部屋の中は、しんと静まり返った。
未緒が笑みを浮かべた。
「へえ。さすがに同じ失敗はしないのね」
未緒をちらりと見て、ソファの隙間に隠していたタバコを取り出した。箱を軽くたたき、一本取り出して火をつけた。
未緒もついてきて、私の隣に腰を下ろした。タバコの箱を手に取って眺め、自分も一本に火をつけると、意味ありげに言った。
「何年経っても、まだこれが好きなのね」
「未緒だって、同じでしょ」
第2話
未緒とは幼い頃からの付き合いで、かつては一番の親友だった。
どちらか一人の話をすれば、必ずもう一人の名前も出るほどだった。お互いのためなら、命さえ惜しくないと思っていた。
それほど仲のよかった私たちが、最後には一人の男をめぐって絶交した。
奏太と未緒が同じベッドにいるところを目にした日は、人生で一番つらい日だった。奏太を問い詰めることはせず、未緒をベッドから乱暴に引きずり下ろし、理由を聞いた。
未緒は悪びれもせず、服を着ながら答えた。
「別に理由なんてないよ。私も奏太が好きだったから、寝ただけ」
未緒と顔を合わせたのは、それが最後だった。それから8年間、一度も連絡を取らなかった。
初めの頃は、両親も時々未緒のことを聞いてきた。
「未緒ちゃん、最近ちっとも遊びに来ないわね」
友人との集まりでも聞かれた。
「最近、澄乃と未緒が一緒にいるのを見かけないね。前はいつも二人でくっついてたのに」
私は力なく笑った。やがて、誰も尋ねなくなった。
もう二度と会うことはないと思っていた。ところが、未緒は彰人の元カノだった。
「どうして帰ってきたの?彰人とよりを戻すつもり?」
未緒は首を横に振った。
「彰人のためにわざわざ帰国するほど、あの人に惹かれてないよ。澄乃のために帰ってきたの」
「私のため?」
未緒はタバコを灰皿に押しつけて消した。ソファに肘をついてこちらを向き、私の髪をひと房すくい上げた。
「澄乃が彰人と付き合ってるって聞いて、すぐに飛行機のチケットを取って帰ってきたの。
私たちって、本当に仲のいい友達だよね。男の趣味までいつも同じなんだから。
前に奏太を奪ったときは、澄乃から8年も連絡が来なかった。今度は彰人を奪ったら、何年連絡をくれなくなるのかな?」
目を細め、髪に触れている未緒の手を押さえた。
「どうしてこんなことするの?私が未緒に何をしたっていうの?」
未緒は笑った。その目に、私には読み取れない感情が一瞬浮かんだ。
「澄乃が私に悪いことなんてするわけないでしょ。ずっと私の親友だもの」
「……」
未緒が何を考えているのか、本当に分からない。ただ、はっきり告げた。
「彰人から離れて。今度は、ただじゃ済まさないから」
未緒は答えず、部屋の中を見回した。家具がどこで作られたものか、各部屋がどう配置されているかまで、一つも間違えずに言い当てた。
驚いて未緒を見た。
「どうして知ってるの?」
「彰人と付き合ってた頃、二人でこの家の内装を考えたの。家具も全部、一緒に選んだ」
一瞬、息が止まった。この家の内装を決めたのは、私が彰人と付き合い始めてからだ。私も一緒に家具や内装を決めたいと伝えたが、彰人はすでに業者へ任せてあるから、今さら変えるのは面倒だと言った。
酒を飲まない彰人が、なぜあれほど大きなワインラックを置いたのか、不思議に思ったこともある。彰人は、同じ間取りの部屋はどこも内装が同じだと言っていた。
今なら分かる。未緒が酒を好きだからだ。
心が乱れ、無意識に指を握り込んだ。その拍子にタバコの火が手のひらに触れ、鋭い痛みに全身がびくりと震えた。
未緒は私の手からタバコを取り、火傷した手のひらにそっと息を吹きかけながら、ぞっとするような言葉を口にした。
「彰人は毎日ここで、誰のことを考えてるんだろうね?」
未緒の挑発だと分かっていても、考えずにはいられなかった。
隅々まで二人の思い出が染みついたこの家で、彰人は本当に私だけを見ていられるのだろうか。
そのとき、ドアが音もなくわずかに開いた。
未緒の目が一瞬鋭くなり、口元に笑みが浮かんだ。
「あのとき、澄乃はあんなにあっさり奏太から離れたでしょう。奏太のことなんて、本当にどうでもいいんだと思ってた。
それなのに、次に選んだのは彰人だった。二人、本当によく似てるよね。私も初めて会ったとき、見間違えそうになったくらいだよ。
どうせ彰人は奏太の代わりなんでしょう?だったら、私に譲ってよ」
彰人と奏太が似ていると最初に気づいたのは、友人だった。
私は、終わった恋をいつまでも引きずるタイプではない。一度終わりにすると決めたら、未練は残さない。
彰人と付き合ったのも、奏太に似ていたからではない。ただ、人の好みはそう簡単に変わらないらしい。
友人に言われて、初めてそのことに気づいた。彰人と長く過ごすうちに、外見だけでなく、性格まで似ていると分かった。
二人とも情に弱く、頼まれると断れない。奏太は未緒を拒めず、最後には一線を越えた。
彰人には、人付き合いのうえで譲れない考えがある。今はそばで見張っていられても、一生そうしてはいられない。
浮気する気がある男は、いつか必ず隙を見つける。しかも未緒は、狙った男を逃さない。
急に、何もかもがどうでもよくなった。
失うのが怖いなら、いっそ最初からいらない。どうせ、初めてではない。
未緒を見た。
「未緒の言うとおり。彰人は奏太の代わりにすぎない。未緒は私の親友でしょう。未緒が欲しいものなら、何だって譲ってあげる。欲しいなら、持っていけばいい」
未緒は一瞬固まり、それまで浮かべていたからかいの笑みを消すと、慌てたように顔を背けた。
ドアの向こうにいた誰かが、乱暴に閉めるのをこらえ、音を立てずにドアを閉めた。