あなたを知りません、六年後の再会

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あなたを知りません、六年後の再会

GoodNovel 完結

大地震から6年後、私、森川彩華(もりかわ あやか)は外国で、妊娠中の妻のために祈りを捧げに来ていた檜山宗弥(ひやま そうや)と再会した。 彼は信じられないものを見るような目で、私を見つめていた。 私を見た時の彼の驚愕した顔といったら、まるで私が瓦礫の下で白骨化してしまったと思い込んでいたかのようだった。 「彩華……大丈夫なのか?」 私は彼に答えなかった。 夫のために一本の線香を供え、祈りを終えると、そのまま背を向けて立ち去ろうとした。 すると、宗弥が追いかけてきて、私の手首を掴んだ。 「6年前……君に何かあったと思っていた…… 本当に後悔している。俺を許してくれないか?」 私は静かに彼の手を振りほどき、微笑みながら答えた。 「すみません。私たち、どこかでお会いしたことがありますか?」 宗弥は深くため息をついた。 「まだ俺を恨んでいるんだな。だから、俺から逃げるために出家したんだろう?頼む。君に償う機会をくれ」 どうやら、私が身につけていた白い僧衣が、彼に誤解を与えたらしい。 けれど、私がここへ来た理由は、彼から逃げるためではない。 私はただ、もうすぐ上場する夫の新しい会社のために祈願に来ただけだった。 そしてついでに―― 寺院の高僧に、傷だらけのまま心に残っているこの記憶を浄化してもらうためだった。 これから先、宗弥はもう二度と、私の人生に存在することはない。

チャプター (1)

第1章

大地震から6年後、私、森川彩華(もりかわ あやか)は外国で、妊娠中の妻のために祈りを捧げに来ていた檜山宗弥(ひやま そうや)と再会した。 彼は信じられないものを見るような目で、私を見つめていた。 私を見た時の彼の驚愕した顔といったら、まるで私が瓦礫の下で白骨化してしまったと思い込んでいたかのようだった。 「彩華……大丈夫なのか?」 私は彼に答えなかった。 夫のために一本の線香を供え、祈りを終えると、そのまま背を向けて立ち去ろうとした。 すると、宗弥が追いかけてきて、私の手首を掴んだ。 「6年前……君に何かあったと思っていた…… 本当に後悔している。俺を許してくれないか?」 私は静かに彼の手を振りほどき、微笑みながら答えた。 「すみません。私たち、どこかでお会いしたことがありますか?」 宗弥は深くため息をついた。 「まだ俺を恨んでいるんだな。だから、俺から逃げるために出家したんだろう?頼む。君に償う機会をくれ」 どうやら、私が身につけていた白い僧衣が、彼に誤解を与えたらしい。 けれど、私がここへ来た理由は、彼から逃げるためではない。 私はただ、もうすぐ上場する夫の新しい会社のために祈願に来ただけだった。 そしてついでに―― 寺院の高僧に、傷だらけのまま心に残っているこの記憶を浄化してもらうためだった。 これから先、宗弥はもう二度と、私の人生に存在することはない。 第1話 「君が今、辛いと分かっている」 宗弥はそう言いながら、目を赤くした。 その瞳には、どこか上から見下ろすような哀れみが浮かんでいた。 彼は昔から変わらない、いつも自分を「救世主」の立場に置きたがる。 この世界は悲劇で満ちていて、自分なら、すべてを救える。 そんな風に、頑なに信じている。 けれど6年前、あの大地震が起きた時、彼が救おうと向かった先は、妊娠していた私ではなかった。 彼は私を置き去りにして、迷うことなく後輩の水嶋優里(みずしま ゆうり)のもとへ駆けつけた。 瓦礫の下に取り残された時の絶望は、今でも鮮明に覚えている。けれど―― 私の心は、もう二度と傷つくことはない。 今こうして彼の瞳を見ても、そこに映るのはただの他人だった。 自分には関係のない、見知らぬ人。 「……失礼ですが。これ以上、私に近づかないでください。 私の見間違いでなければ、あちらにいる方があなたの恋人なのでしょう? もしこれ以上、こんな形で私を困らせるというなら―― 私のボディーガードに、あなたと話をしてもらいます」 宗弥は私が指差した方向へ視線を向けた。 そこには銀色のロールスロイスの前に、数人のボディーガードが立っている。 武装した彼らは警戒した目で宗弥を見つめ、いつでも動けるよう身構えている。 宗弥は眉をひそめた、一瞬だけ、顔に緊張が走る。 けれど次の瞬間――彼は笑い出した。 「彩華、君は相変わらず幼いな。 俺を恨んでいるからって、寺に隠れて記憶喪失のふりをしているんだろう? 俺が知らないと思ったか? ここの寺院は修行の場だ。僧侶たちは質素で慎ましい生活を送っている。 そんな場所にいる君と、あのロールスロイスがどう結びつくっていうんだ?」 自信満々だった彼の笑顔は、そのまま固まった。 ボディーガードたちが一斉に駆け寄り、彼を取り囲んだからだ。 その瞬間、宗弥はようやく笑えなくなった。 「何をするの!私の夫を放して!」 妊娠したお腹を抱えながら、優里がボディーガードたちを引き止めようとする。 そして、彼女は私と目が合った瞬間、同じような驚愕をその瞳に浮かべた。 「……彩華、あなた……生きていたの?」 その驚きは、すぐに恐怖と不安へと変わった。 まるで、私が宗弥を奪ってしまうことを恐れているかのように、彼女は必死に宗弥の腕を抱きしめた。 私に対して、自分の立場を示すように。 けれど私はもう、宗弥に対して何の感情も残していなかった。 ただ静かに手を振り、ボディーガードたちに二人を追い出すよう指示した。 寺院の外へと連れ出される途中、宗弥は突然振り返り、大声で叫んだ。 「彩華!どうして、こんなくだらない芝居で俺を騙すんだ? 今の俺は東雲グループのサプライヤーになったんだ。 君を支援することだってできる……」 私は微かに眉を上げた。 東雲グループと繋がれたことは、宗弥にとって一生誇れるほどの幸運なのだろう。 けれど私にとって、東雲グループなど、夫がまもなく上場させる一企業に過ぎない。 私は彼の続きを聞く気にもならなかった。そのまま背を向け、逸雲(いつうん)上人のいる禅院へ向かった。 ここ一年ほど、私は何度も、あの大地震の夢を見る。 そして悪夢にうなされ、何度も目を覚ましていた。 何年経っても死の淵で感じたあの絶望は、再び私を覆い尽くす。 今回、逸雲上人を訪ねた理由はただ一つ。 あの記憶を、法の力によって消し去ってもらうためだった。 宗弥のこともすべてを忘れてしまうことが、きっと一番いい結末なのだ。 私は逸雲上人に合掌した。 上人は一冊の経典を、静かに私の前へ差し出した。 「森川施主よ。意根と法塵が交わり、念が生じぬこと、それこそが忘却である。 これより術を用いて、過ぎ去りし因縁を取り出し、大乗仏法によって悪夢を洗い流そう。 かつての人も、過ぎ去った出来事も、すべては泡沫の幻となる。 施主よ――本当にその決意がおありですか?」 私は静かに頷いた。 次の瞬間、宗弥に関する記憶がまるで映画のように、私の目の前で流れ始めた。 第2話 大学一年目の冬、私は学内ラジオのパーソナリティを務めることになった。 雪が舞うクリスマスイブの夜、あるうつ病患者からの電話相談を受けた。 彼は言った。 「今日の雪は、本当に綺麗ですね。 学校では恋人たちが幸せそうに寄り添っていて、温かい家庭では家族が集まって笑っている。 でも……僕だけは、この世界の片隅に置き去りにされている」 彼は語った。 幼い頃に両親を亡くし、祖母に育てられたこと。 祖母は彼にとても優しく、いつもこう言っていたこと。 「一生懸命勉強すれば、人生は変えられる」 彼はその言葉を信じでいた。けれど、故郷の田舎を出て初めて知った。 この世界は、彼が想像していたほど優しい場所ではなかった。 裕福な家庭で育った同級生と比べると、自分はあまりにも惨めで、何も持っていないように感じた。 その埋めようのない劣等感は、同級生の優しさによって消えるどころか―― むしろ、日に日に深くなっていった。 卒業が近づき、就職活動で何度も壁にぶつかった時、彼はようやく気づいた。 この世界は、決して真面目に生きる人間にだけ優しくしてくれるわけではないのだと。 面接官は笑いながら言った。 「地方出身で受験勉強だけしてきた学生なんて、ただの頭でっかちだ。社会に出れば、何の役にも立たない」 そして、大学四年の時、唯一の家族だった祖母までも、突然この世を去った。 彼は思った、もう何も残っていない。 この世界にあるのは、冷たい現実だけ。自分を気にかけてくれる人は、もう誰もいない。 「やっと分かったんです。 貧しい人間は、本当に運命を変えることなんてできないんだって。 仕事も見つからない。手元に残った生活費は、たったの1000円だけ。 だったら……この世界で生きている意味って何なんでしょうね。 もし校舎の屋上から飛び降りて、雪の中に赤い花を咲かせることができたなら……きっと、とても綺麗ですよね」 その時の私は、必死だった。 すぐに警察へ通報し、学内ラジオの仕事も放り出して、彼を止めるため校舎へ向かった。 その時の男子は宗弥だった。 冷たい風の中に立つ彼の顔は、あまりにも孤独で、胸が締め付けられるほど痛々しかった。 彼が目を閉じ、今にも飛び降りようとした瞬間、私は後ろから駆け寄り、彼の身体を強く抱きしめた。 宗弥は声を上げて泣き崩れた。 「どうして助けるんだ……僕みたいな役立たずを、どうして救うんだよ……」 私は彼の涙を拭いながら言った。 「あなたは役立たずなんかじゃない。この世界には、あなたを気にかけている優しい人がたくさんいる。 私も、その一人だから」 その後、私が低体温症で意識を失った時、宗弥は私を背負い、大雪の中を歩いて病院まで連れて行った。 彼は財布に残っていたたった1000円を取り出し、地面に跪いて医者に懇願した。 「どうか……彼女を助けてください。お願いします……」 目を覚ました時、病室の傍で一晩中私を見守っていた宗弥の姿を見て、私は鼻の奥がツンと痛くなった。 宗弥は、死にたいほど苦しんでいた。 でも私だって、同じだった。 私は袖をまくり上げ、腕に残った、無数の傷跡を彼に見せた。 両親が離婚した後、私は父に引き取られた。 父は浮気相手だった女子大学生と再婚し、可愛らしい男の子をもうけた。 その日から、私はもう、家族にとって大事な娘ではなくなった。 父は私にいくらでもお金を与えた。 けれど、もう愛情をくれることはなかった。 それどころか、継母の言葉を信じ、仕事の失敗までも私のせいにした。 父はよく、私を棒で殴った。傷だらけになった私の姿を見て、いつも笑いながら罵った。 「お前みたいな疫病神は、殴られて当然だ。 お前さえいなければ、俺が投資に失敗することなんてなかった。 全部、お前のせいだ!」 私だって、死にたかった。何度も、すべてを終わらせたいと思った。 でも分かっていた。私は死ぬわけにはいかなかった。 父のお金で大学を卒業し、父の支配から逃げ出す。 そして本当の意味で、自分だけの自由な人生を手に入れる。 宗弥の目が赤く染まった。彼はただ、一言だけ呟いた。 「これからは、僕たちがお互いの支えになろう」 第3話 私は、瞬く間に赤く染まった宗弥の頬を見つめ、思わず小さく笑った。 すると彼は、堰を切ったように何度も何度も謝り始めた。 その時、私は初めて知った。男子でも、ここまで繊細で傷つきやすい人がいるのだと。 宗弥は、手元にあったたった1000円で、私のためにお菓子を買ってきた。それを命を救ってもらったお礼だと言った。 残ったお金は、一週間分の生活費として綿密に計画した。 毎日、水と醬油だけでうどんを食べて一週間を耐え抜き、その間に仕事を見つけるつもりだった。 でも私は知っていた。宗弥のような純粋すぎる人間は、厳しい社会の中ではきっと傷ついてしまう。 そして、彼の自尊心を守るためにも、私は彼に、一回につき2000円の報酬を払うという条件で、私のラジオ番組の台本を書いてもらう仕事を提案した。 宗弥は、心から感謝しながらその仕事を引き受けた。 彼が書く台本の質はとても高かった。私は彼に大学院進学を勧め、研究の道へ進むよう背中を押した。 けれど、一年目、宗弥は大学院試験に合格できなかった。 彼は部屋に閉じこもり、長い間、何も言わずに過ごした。 そんな彼の扉を、私は叩いた。 「私は、ずっとここにいるよ」 そう伝えるために。 宗弥はまた、長い間泣き、そして言った。 「どうしてこの世界には、君みたいに優しい人がいるんだろう」 その夜、私たちは校舎の屋上に座り、一晩中星空を眺めていた。 宗弥は、おそるおそる用意していた指輪を取り出した。それは、彼が作った缶のタブを使ったリングだった。 そして、顔を真っ赤にしながら、たどたどしく尋ねた。 「……これ、つけてみてくれる?」 私は彼の瞳を見つめ、そして、一言も言わなかった。 彼が立ち上がって帰ろうとした時、その指輪は、もう私の人差し指にはまっていた。 後になって、宗弥は私に聞いた。 「僕は何も持っていないし、何も良いところなんてないのに……どうして僕と付き合ってくれたの?」 私は彼の耳元で、小さな声で答えた。 「だって、あなたが言ったでしょう。お互いの支えになろうって」 大学四年の時、宗弥と私は、同じ大学の大学院に合格した。 私たちは後輩たちから羨ましがられる、理想のカップルになった。 一緒に奨学金を受け取り、国際学術誌に論文を発表した。 指導教授でさえ言っていた。 「君たちの未来は、きっと輝いている」 けれど運命は、私に残酷な冗談を仕掛けた。 弟にそそのかされた継母は、大学まで押しかけてきて、私の顔に硫酸を浴びせた。 警察に取り押さえられた時、彼女は狂ったように叫んだ。 「どうしてこの疫病神を殺せなかったの!こいつさえいなければ、正弘が財産を奪われる心配なんてしなくて済むのに!」 その後、父は私に示談書へ署名させて、200万円を渡して言った。 「もし母さんと弟を訴えるなら、お前とは親子の縁を切る」 私の左顔はひどく焼けただれてしまった。 医師は言った、皮膚移植には少なくとも2000万円が必要だと。 何度も、悲しみのあまり死にたいと思った夜、宗弥はいつも私を強く抱きしめてくれた。 そして、一番優しい声で言った。 「何があっても、僕はずっと君のそばにいる」 彼は私のために、3Dプリンターで仮面を作ってくれた。そこには、私が一番好きだったキャラクターの絵が描かれていた。 星空の下、宗弥は私の顔を両手で包み込み、優しく口づけた。 「卒業したら、結婚しよう。君を海外へ連れて行く。 世界で一番優秀な医者を探して、必ず君の顔を治してもらう」 私は、星空のように真っ直ぐで澄んだ彼の瞳を見つめた。涙が止まらなかった。 その夜、私は彼を抱きしめ、長い間泣き続けた。 彼の胸の温もりは、この世界で、何よりも大きな慰めだった。 私は思っていた。彼の誓いは、夜空の恒星のように、ずっと変わらないものだと。 けれど―― 真実はいつだって私が想像するよりも早く、そして、残酷な形で訪れる。 第4話 大学院最後の一年、私は宗弥と共にD国へ留学することを決めた。 海外での生活資金を貯めるために、宗弥は同時に三つのアルバイトを掛け持ちした。 彼が稼いだお金は、一円たりとも無駄にすることなく、すべて私たちの共同貯金へ入れられた。 私のために、宗弥はまた、毎日水と醬油だけでうどんを食べるような生活に戻った。 それなのに、彼は私に嘘をついた。 「店長に高級な海鮮料理をご馳走になったんだ」 そう笑っていた。 けれど、私がそれに気づいた瞬間、こらえていた涙はもう止まらなかった。 宗弥は困ったように笑いながら言った。 「ただ、豪華な料理を食べすぎて飽きただけだよ。君と一緒にいた頃の味を、少し思い出したくなったんだ」 彼は私の皮膚移植のために必死にお金を稼ぐと言った。そして、二人で海外でもっと良い暮らしをするために。 私は堪えきれず、彼に尋ねた。 「もし私が、このままの姿だったら……それでも、あなたは私を愛してくれる?」 宗弥は笑いながら、私の頬を優しくつまんだ。 「馬鹿だな。そんなわけないだろ。僕は永遠に君を愛しているよ。皮膚移植をしたいのは、僕の大切な人の人生に、少しでも後悔を残したくないからだ」 私は、彼のために何度涙を流したのか、もう覚えていない。あの時流した涙は、どれも熱いほど温かかった。 そうだ。こんなにも私を愛してくれる人が、どうして裏切るはずがあるのだろう。たとえ――私がこの目で現場を見てしまったとしても、信じられなかった。 あの夜、奨学金が振り込まれた日、私はフライドチキンを買い、アルバイトで忙しい宗弥と一緒に食べようと思った。 けれど、彼がアルバイトをしている場所へ向かった時、私は、男女の楽しそうな笑い声を聞いた。 狭く薄暗い倉庫の中、宗弥は、自分の後輩の女子学生を押し倒していた。そして、彼女の滑らかな肌に貪るように口づけていた。 胸を銃弾で撃ち抜かれたような激痛が走った。その瞬間、私は自分の心が砕ける音を聞いた気がした。 泣きながらその場を逃げ出した私を追いかけてきた宗弥が、必死に腕を掴んだ。 彼は目を赤くしながら、私を見つめた。 「彩華、話を聞いてくれ、僕と優里は、君が思っているような関係じゃない。優里の体調が悪かったから……少し診ていただけなんだ」 私は彼の頬を思い切り叩いた。涙で視界が滲んだ。 きっと宗弥は思っていたのだろう。私は昔のように、何があっても彼を許してくれる、恋に盲目な女だと。 まさかこんな見え透いた言い訳まで信じると思っていたのだろうか。 「宗弥、私は恋愛に関して、一度壊れた信頼を許せない性格なの、別れましょう」 私は振り返らずに去った。宗弥は必死に追いかけてきた。 そしてその時、雲市を襲った大地震が起きた。 宗弥は私を突き飛ばした。その直後、彼自身が落下した梁の下敷きになった。痛みに耐えながら、彼は立ち上がった。 「彩華……僕が愛している人は、君だけだ。お願いだ……許してくれないか?」 涙を浮かべた彼の瞳を見て、私の心は揺れた。 けれど――宗弥が優里の泣き声を聞いた瞬間、彼は迷うことなく、彼女のもとへ走った。そして彼女を背負い、外へ逃がそうとした。その時、彼は罪悪感に満ちた目で、私を一度だけ振り返った。 「彩華、優里は雲市に頼れる家族がいない、君とは違う。 君には……まだ僕がいる。彼女を安全な場所まで連れて行ったら、必ず戻ってくる」 けれど、宗弥はそのまま二度と戻ってこなかった。 私はただ、目の前で建物が崩れ落ちていくのを見ていた。鉄筋とコンクリートの瓦礫に、私の身体が埋もれていく。 目を閉じる瞬間、私は思った――このまま死んでもいい。もう二度と、悲しみに苦しむことはないのだから。 その時、有馬将輝(ありま まさき)が、たった二本の手で私を瓦礫の中から掘り出した。そして私を海外へ連れて行き、皮膚移植の手術を受けさせてくれた。 私の人生はそこで二度目の命を得た。過ぎ去ったことは、すべて幻のようなもの。今こそ、決断する時だった。 逸雲上人が経典の読誦を終えると、静かに私の額へ手を置いた。 宗弥に関するすべての記憶は、仏法の導きの中で、少しずつ形を失っていった。 私はもう、大地震の悪夢に怯えることもない。 そして――宗弥という存在を、完全に忘れた。 再び彼と出会ったのは、東雲グループの上場セレモニーの日だった。 その日、夫の将輝は緊急会議のため予定が遅れ、鐘を鳴らす役目を一時的に私が務めることになった。 スポットライトの下に立つ私を見た宗弥は、瞳を大きく見開いた。そして、大勢の人々が見守る中、彼はステージへ駆け上がった。 「彩華!ここは君がふざけていい場所じゃない!早く降りるんだ!」

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