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ニップレスを女友達に渡した婚約者
私・高瀬美緒(たかせ みお)は婚約者の友人たちとの食事会で、彼の女友達がブラジャーをつけておらず、服の上から乳首が浮いていることに気づいた。 こっそり教えるべきか迷っていると、婚約者の黒瀬蒼佑(くろせ そうすけ)は険しい顔で私のバッグをつかみ、女友達の相原夏希(あいはら なつき)を連れて店を出た。 二人がもみ合うようにして戻ってきたとき、夏希の胸にはすでにニップレスが貼られていた。 「忘れたくらいで何よ。女だって自由でいいでしょ。あたしの胸くらい好きにさせてよ。この古くさい男!」 夏希は蒼佑の手をつかみ、自分の胸に押し当てた。 「ほら、ほとんど平らじゃん。あんたより小さいくらいなのに、ニップレスなんか要る?」 蒼佑は顔をしかめた。 「黙れ。いいから、ちゃんと貼ってろ」 バッグを確かめると、予備のニップレスがなくなっていた。 ようやく気づいた蒼佑が言った。 「お前のを夏希に使わせた。新しいのは俺が買うから」 私は彼を見つめて笑い、すぐに自分がつけていたニップレスを剥がした。 「嫌。今すぐ返して」
チャプター (1)
第1章
私・高瀬美緒(たかせ みお)は婚約者の友人たちとの食事会で、彼の女友達がブラジャーをつけておらず、服の上から乳首が浮いていることに気づいた。
こっそり教えるべきか迷っていると、婚約者の黒瀬蒼佑(くろせ そうすけ)は険しい顔で私のバッグをつかみ、女友達の相原夏希(あいはら なつき)を連れて店を出た。
二人がもみ合うようにして戻ってきたとき、夏希の胸にはすでにニップレスが貼られていた。
「忘れたくらいで何よ。女だって自由でいいでしょ。あたしの胸くらい好きにさせてよ。この古くさい男!」
夏希は蒼佑の手をつかみ、自分の胸に押し当てた。
「ほら、ほとんど平らじゃん。あんたより小さいくらいなのに、ニップレスなんか要る?」
蒼佑は顔をしかめた。
「黙れ。いいから、ちゃんと貼ってろ」
バッグを確かめると、予備のニップレスがなくなっていた。
ようやく気づいた蒼佑が言った。
「お前のを夏希に使わせた。新しいのは俺が買うから」
私は彼を見つめて笑い、すぐに自分がつけていたニップレスを剥がした。
「嫌。今すぐ返して」
第1話
二枚のニップレスが、ぺたりと床に落ちた。
個室は、突然音を消されたように静まり返った。みんな、見るべきか目をそらすべきか分からずにいた。
蒼佑は眉をひそめた。普段は控えめな私が、こんな大胆なことをするとは思っていなかったらしい。
「ニップレス二枚くらいで、そこまでするか?普段から自分のものにはうるさいけど、そんな安物まで惜しむとは思わなかった」
蒼佑は、自分が悪いとは少しも思っていなかった。ただ私がけちで、物を貸したくないだけだと思っていた。
夏希は蒼佑の肩を叩くと、服の中に手を入れ、ニップレスを剥がして私に差し出した。
「はい、美緒さん。蒼佑が悪かった。代わりに謝るよ。あたしは別に貼らなくてよかったのに、こいつがトイレの前に立って、貼るまで出さないって言うからさ」
「お前ら、後ろ向け!」
蒼佑が仲間たちを怒鳴りつけた。次の瞬間には自分の上着を脱ぎ、夏希の体をしっかり包んでいた。
「頼むから、少しは普通の女らしくしてくれないか?」
夏希は不満そうに口を尖らせた。
「普通の女って、どんなの?」
彼女は私をちらりと見ると、汚いものでも見たように鼻を鳴らした。
「ああいうのなら、あたしのことは男だと思ってて」
蒼佑の態度からは、ほかの女を守り、独占したいという気持ちが透けて見えた。
急に、何もかもがどうでもよくなった。
私はソファに置かれていた蒼佑のショルダーバッグを手に取り、中身を床にぶちまけた。
夏希のために用意したアレルギー薬、携帯扇風機、タンポンが次々と転がった。
一方、今朝、風邪薬を持ってきてほしいと何度も頼んだのに、蒼佑は今まで一度も思い出さなかった。
「そこまで物忘れがひどいなら、普通かどうか以前の問題ね。早めに病院で診てもらったら?今からそんな調子じゃ、老後は認知症まっしぐらよ」
私はニップレスを蒼佑のバッグに押し込み、それを彼の顔に投げつけて歩き出した。
「人が使ったものなんて気持ち悪いから、あげる。これからは自分のバッグから出してあげて。二度と私のバッグを勝手に開けないで」
今日から蒼佑のバッグには、夏希用のニップレスまで加わるのだろう。
店を出たところで、蒼佑が追いつき、私の腕をつかんだ。
「いったい何をそんなに怒ってるんだよ。夏希が忘れっぽくて、細かいことを気にしない奴だって知ってるだろ?」
私が黙っていると、彼は声をやわらげた。
「次からはお前のを使わない。俺が買いに行く。それでいいだろ?」
ここまで言っても、蒼佑は私が怒っている理由を理解していなかった。
「結婚前、最後の独身パーティーなんだ。今日くらい顔を立ててくれないか?」
私は彼の手を振り払った。
「蒼佑、あなたは何度も私の許容範囲を越えてきた。夏希と二人でやっておきたいことが、まだ山ほどあるんじゃない?」
彼は眉を寄せた。本当に意味が分からないらしい。
「式場を決める日は、私一人で下見に行った。あなたは夏希と二人で、結婚前に二人で行く最後のスポーツ観戦だと言ったから。
ブライダルチェックの日程も、二人で最後に雪山の日の出を見に行く約束があるから延期した。
婚約の食事会に遅れたのも、二人で見る最後の映画が終わっていなかったからだった。
二人きりでやりたいことが済んだら、今度はみんなで最後の独身パーティー?何をするにも、夏希がいないと駄目なのね」
私は彼の目を見つめ、少しでも反省や後ろめたさがないか探した。だが、何もなかった。
蒼佑はようやく納得したように、両手を広げた。
「俺たちは子どもの頃から、兄弟みたいに育ったんだぞ。あいつにまで嫉妬するのか?」
第2話
「それに、俺たちはお前のためを思ってやったんだ。結婚したら女と二人で出かけるなって、お前が言ったんだろ?だから結婚前に、昔みたいに遊んでおこうってだけだ」
「美緒さん!」
背後から、夏希の威勢のいい声が聞こえた。
「今の話、全部聞こえた。親友が結婚するなら、あたしも距離を置くべきだと思う」
彼女は私を見据え、一語ずつ噛みしめるように言った。
「蒼佑。二人で会うのは、これで最後にしよう」
その目には、あからさまな当てつけが浮かんでいた。
夏希は羽織っていた上着を蒼佑に投げ返し、すぐにタクシーを呼んで帰っていった。
蒼佑が目に見えてうろたえた。
追いかけようと駆け出しかけたが、私がいることに気づいて足を止めた。
仲間たちも店から出てくると、腹を立てた様子で一斉に私を責め始めた。
「蒼佑、あんなにさっぱりした夏希まで怒って帰ったんだ。俺たちも美緒さんの言うとおり、もう集まるのをやめたほうがいいんじゃないか?」
「そうだな。美緒さんはずいぶん神経質みたいだし、次に会うときは俺もニップレスを貼ってこないとな」
蒼佑がすぐに遮った。
「冗談はやめろ。女を取って仲間を捨てるような奴は真っ先にくたばれって、みんなで誓っただろ。お前ら、俺に死ねって言うのか?」
そして急に真顔になり、私に尋ねた。
「美緒、この話はもう終わりにできないか?」
私は彼の後ろに並ぶ仲間を見て、うなずいた。
「別れれば、これで終わりよ」
私がタクシーを止めると、蒼佑も強引に乗り込んできた。
彼はすぐに窓を開け、仲間たちに大声で叫んだ。
「夏希の家へ行って、無事に着いたか確かめてくれ!今日はかなり飲んでた!」
私は窓の外を見たまま、一言も話さなかった。
蒼佑が初めて私に紹介した友人も、夏希だった。
あのとき、夏希は興味深そうに私を眺めた。
「蒼佑って、だんだん地味な女が好みになってるんだ。今はこういうタイプ?」
だが私は、それ以前から夏希の存在を知っていた。
実家で家事をしてくれている住み込みの家政婦。その人がベッド脇に飾っていた家族写真に、夏希が写っていた。
母親は娘の話になると、いつも誇らしげだった。素直で親孝行で、世間知らずなくらい純粋な子だと言っていた。
だから初めて本人に会ったとき、母親から聞いていた人物像とあまりに違うことに驚いた。
その後、警察官の友人が繁華街の店を立ち入り調査した際、夏希を見かけた。
彼女はウィッグをかぶり、露出の多いドレス姿で客の膝に座り、口移しで酒を飲ませていた。友人はその写真を私に送ってきた。
それでも私は、何か事情があるのかもしれないと思っていた。
人の陰口を言いたくなかった私は、ただ小さく息を吐いて言った。
「蒼佑、あなたと一緒にいるのは、もう本当に疲れた。別れよう」
いつまで待っても返事がなく、私は彼を振り返った。
蒼佑は瞬きもせず、スマホの画面を見つめて何度も更新していた。
仲間から「夏希は無事に帰宅した」というメッセージが届くと、ようやく緊張でこわばっていた肩から力が抜けた。
それから、きょとんとした顔で私を見た。
「今、何か言ったか?」
その瞬間、自分がひどく滑稽に思え、涙があふれた。
蒼佑は驚き、慌てて涙を拭いながら私を抱き締めた。
「分かった。もう夏希とは二人で会わない。これでいいだろ?」
私は彼をまっすぐ見つめ、はっきり告げた。
「別れよう」
それから一週間、私は何度も別れを告げた。だが蒼佑は家に居座り、料理も掃除も洗濯もして、話をうやむやにしようとした。
私は二人に関わる財産や契約を整理するのに忙しく、情に流されないよう意識していた。
5年前にたばこをやめたはずの彼は、また吸い始めた。毎日、ベランダで何時間もたばこを吸いながらぼんやりしていた。
食事中、豚肉とピーマンの炒め物を見つめて動かなくなった。夏希の好物だった。
私がバッグに入れたニップレスを見つけたときでさえ、手に取って長いこと眺めていた。
彼の目からは、すっかり光が消えていた。
そんなある日、仲間からバスケットボールに誘う電話がかかってきた。
蒼佑はベランダへ出て、声を潜めた。
「夏希も来るのか?」
返事を聞くと、私には「仲間とバスケしてくる」とだけ言い、部屋着のまま玄関へ向かった。
着替えていないことに気づいて戻ってくると、服を替え、鏡の前でいつまでも髪を整えていた。
初恋に浮かれる高校生のようだった。
胸の痛みを隠して「お見合いにでも行くの?」とからかうと、彼はようやく思い出したように私に軽くキスをし、逃げるように家を出た。
どれだけ冷たくなろうとしても、やはり胸は痛んだ。
第3話
私は涙を拭き、用意していた招待状を破り捨てた。それから式場に電話をかけた。
「結婚披露宴をキャンセルしたいのですが」
……
ところが、蒼佑は間もなく沈んだ顔で戻ってきた。ソファに崩れるように座り、そのまま黙り込んだ。
不思議に思って尋ねた。
「バスケに行ったんじゃなかったの?」
彼は苛立たしげにクッションを投げた。
「聞きたいことがあるなら、はっきり聞けよ。遠回しに探るのはやめろ。俺が来ると知った途端、夏希は帰ったよ。これで満足か?」
突然怒鳴られ、私は言葉を失った。
自分でも思いがけず声を荒らげたのか、蒼佑は気まずそうに髪をかき上げた。
「悪かった、美緒。ちょっと取り乱しただけだ。お前に八つ当たりするつもりはなかった。ただ、あいつとの関係がこんなことになって、まだ気持ちの整理がついてなくて」
私はそれ以上何も言わず、ゲストルームへ向かった。
「好きなだけ引きずってれば。私はもう寝るから」
リビングの明かりは消えず、蒼佑は夜中まで座り続けていた。
右下腹部を鋭い痛みが貫き、私は目を覚ました。
冷や汗を流しながら、弱々しい声で蒼佑の名を呼んだ。
彼はドアを開け、汗だくの私を見ると、慌てて体を起こした。
「すぐ病院へ行くぞ!」
だが、上着を着せようとしたところで、仲間から電話がかかってきた。
彼が何度切っても、またすぐにかかってきた。
苛立った蒼佑は電話に出るなり怒鳴った。
「こんな夜中に何だよ!美緒が具合悪くて、それどころじゃ――」
「夏希が……いや、いい。そっちは美緒さんについててやれ!」
蒼佑の手から、私の上着が滑り落ちた。
「夏希がどうした?ちゃんと言え!」
「酔いつぶれて、お前の名前を呼びながら泣いてる。誰が止めても聞かないんだ!」
蒼佑は私の上に上着を放り、リビングから鎮痛剤を持ってきた。
「美緒、これを飲んで少し我慢してくれないか?たぶん胃腸炎だ。夏希を落ち着かせたら、すぐ戻って病院へ連れていく」
目の前が白くなるほど痛かった。私は震える手で彼の服をつかんだ。
「痛いの。お願いだから、病院へ連れていって」
だが彼は妙に冷静な顔で、私の指から服を抜き取った。
「美緒、あとで土下座だって何だってする。でも今は、夏希のところへ行かないと駄目なんだ。あいつが俺を必要としたら、必ず駆けつけるって誓った」
ドアが激しい音を立てて閉まった。
階下まで下りた蒼佑から、メッセージが届いた。
【美緒、水を用意するのを忘れた。悪いけど、自分でくんでくれ】
次の瞬間、私のスマホは電池が切れた。
服が汗で濡れるほどの痛みに耐えながら、私はベッドから転がり落ちた。床を這って玄関を出ると、隣の佐藤のドアを叩いた。
玄関先で倒れた私を見て、佐藤は仰天した。すぐに私を抱き上げ、車で病院へ運んでくれた。
救急処置室のベッドで、私は痛みのあまり何度も吐いた。
佐藤が蒼佑に電話をかけ、急性虫垂炎で手術になると伝えていた。
だが彼は数秒迷っただけで、きっぱり答えた。
「佐藤さん、今はそっちへ行けません。美緒をお願いします。必要な同意書には俺が署名します。手術で何があっても、すべて俺が責任を取りますから!」
痛いのに、なぜか笑いたくなった。笑うたびに涙が流れた。
やがて意識を失い、次に目を覚ましたときには手術が終わっていた。
蒼佑は私のベッドのそばで、楽しそうにスマホを触っていた。私が目を開けたことにも気づいていなかった。
唇をなめ、何度もつばをのみ込み、シャツのボタンを緩めて大きく息をしていた。
静まり返った白い病室で、彼の抑えきれない興奮だけがひどく生々しく見えた。
腹部の傷が鈍く痛み、私は思わず小さくうめいた。
蒼佑はようやく我に返り、名残惜しそうにスマホを伏せた。どうしていいか分からない顔で私を見た。
「美緒、水を飲むか?持ってくる」
画面はまだ消えていなかった。何気なく目を向けた私は、氷の中へ突き落とされたように凍りついた。
トーク画面には、露出の激しいコスプレ写真が何枚も並んでいた。
いつもの少年のような格好とは違い、夏希はウィッグとバニーガールの衣装を身につけ、テーブルにうつ伏せになって尻を突き出していた。
【前のより、こっちのほうがいいでしょ。あんたも悩殺できそう?】
蒼佑はこう返していた。
【やばい。そんなの見せられたら、こっちまで熱くなる】
【犬の真似したら、もっときれいなのを送って冷ましてあげる】
【ワン、ワン】
実際、蒼佑は落ち着かない様子で、何度もつばをのみ込んでいた。
彼はしどろもどろになりながら「医師を呼んでくる」と言い、よろめくように病室から逃げ出した。
第4話
吐き気をこらえながら、私は蒼佑のスマホを確かめた。
夏希は蒼佑に局部を間近から撮った写真を送ったあと、同じものを仲間たちのグループチャットにもすべて投稿していた。
男たちは、こぞって持ち上げていた。
【夏希からサービスショットだ!@全員】
【すげえ。夏希が女の格好すると、こんなに色っぽいんだな。よだれ出そう】
【夏希、俺の女にもなってくれない?】
胃の奥から、むかつきが込み上げた。
蒼佑が医師を連れて戻ってきた。顔は水滴だらけで、シャツの襟元まで濡れていた。
興奮を冷ますために、洗面所でずいぶん長いこと顔を洗っていたらしい。
スマホを手にした彼は、グループチャットに投稿された写真を見た途端、顔色を変えて電話をかけた。
「消せ!グループに送ったやつだ。今すぐ削除しろ。聞こえたか!」
相手がふざけた調子で了承して、ようやく表情を戻した。
私がごみを見るような目で見つめていると、蒼佑は不自然に言い訳した。
「部下が仕事のグループチャットに変なものを送ったから、叱ったんだ」
「蒼佑、あなたのスマホ、本当に汚い」
何を見られたか悟った彼は、顔を真っ赤にした。
「みんなでふざけてただけだ。美緒、そこまで大げさに騒ぐことか?」
ついに我慢できなくなった。
「夏希が夜の店で男の相手をしてること、知ってる?結局、あなたたちはみんな同じくらい腐ってたのね」
本来なら他人がどんな生き方をしようと、私には関係のないことだった。それでも、このときばかりは口にせずにいられなかった。
蒼佑の顔は赤からどす黒く変わった。
突然、彼は私の胸元をつかんで持ち上げ、壁にたたきつけた。
「美緒、今のはさすがに許せない。もう一度だけ言う。夏希はいい奴だ。これ以上あいつを侮辱したら、今度こそ終わりだからな」
縫ったばかりの傷が引きつり、痛みで涙がにじんだ。
蒼佑がこれほど激怒した姿を見るのは初めてだった。
彼は私の傷を見ても、冷ややかに言い放った。
「手術したばかりだからって、そんな侮辱まで我慢すると思うなよ!」
口元を引きつらせながら、彼は必死に衝動をこらえていた。
私を殴りたがっているのが分かった。
一度でも手を上げたら、その足で警察署へ行かせてやるつもりだった。
数分にらみ合った末、蒼佑は壁を殴りつけ、怒ったまま出ていった。
それきり、彼は病院へ来なかった。
退院の日、最後の荷物を片づけ、この関係に完全に区切りをつけるつもりだった。
胸騒ぎがして、病院を出るとそのまま新居に向かった。
ところが玄関前の階段を曲がったところで、蒼佑と夏希に出くわした。
二人の様子がおかしく、私は反射的に物陰に隠れ、スマホで録画を始めた。
蒼佑はうつむき、沈んだ声で言った。
「悪かった、夏希。一度だけで妊娠するなんて思わなかった。しばらくここで体を休めてくれ」
冷たい風が胸の奥へ吹き込み、心が一瞬で凍りついた。
夏希は目を赤くしながらも、何でもないように蒼佑の肩を強く叩いた。わざとらしいほど気丈に振る舞っていた。
「何を深刻な顔してんの。子どもはあたし一人で育てる。責任取ってなんて、じめじめしたことは言わないよ」
彼女は格好よく見せるように目尻の涙を拭った。
「シングルマザーって、むしろ格好いいじゃん。あんたは予定どおり結婚という墓場に入ればいい。あたしは一生独身を貫くから!」
蒼佑は夏希を乱暴に抱き寄せた。
「お前はずっと、俺にとって特別だ。誰と結婚しても、それは変わらない。美緒はお前とは違う。俺が別れたら、あいつは本当に壊れる」
夏希は一瞬固まり、すぐに拗ねたように彼を押し返した。
「あたしはさっぱりしてるから、いくら傷つけてもいいってこと?」
蒼佑は彼女の短い髪をくしゃくしゃにした。
「誓うよ。この先、誰との間に子どもができても、お前との子が永遠に一番だ」
そして夏希の肩ひもを指でずらし、かすれた声で囁いた。
「もう3か月なら安定してるだろ。また俺が酔ったことにして、もう一度だけしないか?」
夏希は彼の唇に吸いつき、服を脱ぎながら新居へ入っていった。
「あたしの前なら、何度だって酔っていいよ」
あまりにばかげた光景を前に、私は涙をこらえてスマホを取り出した。
県警本部長を務める父、高瀬宗一郎(たかせ そういちろう)に電話をかけた。
「お父さん。不法侵入と、家の中で違法な売春行為をしている人がいるの。通報するわ」