新婚旅行十回奪われ、私は妻であることをやめた

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新婚旅行十回奪われ、私は妻であることをやめた

GoodNovel 完結

結婚して3年、医師である夫、磯野隆行(いその たかゆき)に新婚旅行を10回も中止にされた。 1度目は、彼が指導している女性研修医、三森梢(みもり こずえ)が患者とトラブルを起こしたと言って、彼は見知らぬ街に私、磯野晴加(いその はるか)をひとり置き去りにした。 2度目は、その研修医が患者の病因を特定できないからと、彼は慌てて引き返し、真夜中の人けのない場所に私を残していった。 それ以来、私が新婚旅行を口にするたび、決まって彼女に何かしらの問題が起きるのだった。 もう疲れ果てた。この結婚生活ごと、捨て去ろうと決めた。 なのに、私が国境なき医師団の医師になった時、彼は泣きながら戻ってきてくれと縋りついてくるのだ。

チャプター (1)

第1章

結婚して3年、医師である夫、磯野隆行(いその たかゆき)に新婚旅行を10回も中止にされた。 1度目は、彼が指導している女性研修医、三森梢(みもり こずえ)が患者とトラブルを起こしたと言って、彼は見知らぬ街に私、磯野晴加(いその はるか)をひとり置き去りにした。 2度目は、その研修医が患者の病因を特定できないからと、彼は慌てて引き返し、真夜中の人けのない場所に私を残していった。 それ以来、私が新婚旅行を口にするたび、決まって彼女に何かしらの問題が起きるのだった。 もう疲れ果てた。この結婚生活ごと、捨て去ろうと決めた。 なのに、私が国境なき医師団の医師になった時、彼は泣きながら戻ってきてくれと縋りついてくるのだ。 第1話 新婚旅行がまた白紙に戻ったと告げられた時、私はすでにS市に降り立ち、ホテルの予約も済ませていた。 隆行は苛立ちを隠そうともせず、私の後ろを歩きながらブツブツと文句をこぼしていた。 「誰がそんなに急いで予約しろって言ったんだよ。飛行機を降りてすぐ話したじゃないか。梢の担当で重症の急患が運ばれてきたんだ。俺はあいつの指導医なんだから、戻ってサポートしてやらないと。 新婚旅行なんていつでも行けるだろ。少しは察してくれよ。何しろ、人の命がかかってるんだ」 私は胸の奥からこみ上げる悔しさをぐっと飲み込み、引いていたスーツケースを彼の方へ押しやった。 「戻りたいなら、戻ればいいわ」 ほんの数分前、着陸直後、隆行はトイレに行った後のことだった。代わりに彼のスマホの機内モードを解除した途端、通知が次々と届き始めた。 すべて梢からのメッセージだ。 ふと画面に目を落とした。文面を見た瞬間、体の芯まで凍りついた。 それは同僚数人のグループLINEで、梢が甘ったるい口調で隆行に何度もメンションを飛ばしていたのだ。 【先生ったら、今日は私が入局して1年、二人が出会って1年の記念日ですよ。お店も予約したし、まさかドタキャンしたりしませんよね?】 【友達もたくさん呼んでるんです。先生が来てくれなかったら、みんながっかりしちゃいますよ】 すぐさま別の誰かが茶化すように便乗してくる。 【大丈夫だって。先生が一番気にかけてるのが誰かなんて、みんな知ってるでしょ。だいたい休みを取って新婚旅行って、もう何回目よ。どうせ適当な理由をつけて戻ってくるって。 磯野先生の奥さんなんて、もうすっかりおばさんでしょ。梢の若さと可愛さには勝てないわよ。だいたい奥さんも暇よね。1年中新婚旅行って、お医者様の時間がどれほど貴重か分かってないのかしら。 結婚してあんなに経つのに、まだ形式にこだわるなんてね。愛されてない人ほど、周りにアピールしたがるものよ】 体が少しずつ強張っていくのがわかった。私の頭の中が一気に真っ白になった。 これで10度目。10度目の新婚旅行の計画だった。 これまでも毎回、隆行は何かしら理由をつけ、旅の途中や到着して最初に立ち寄った観光地で私を置き去りにしてきた。 その原因はいつだって梢だ。 彼の言い分はいつも正論に聞こえた。指導医だから後輩の面倒を見るのは義務だ、梢は研修医として学びに来ているのだから放っておくわけにはいかないのだ、と。 けれど今の私には、それがすべて白々しい言い訳にしか思えなかった。 「どうかしたか?」 隆行が洗面所から戻ってきた時、私は鏡をぼんやり見つめたまま動けずにいた。 彼が怪訝そうな顔をするので、唇をぎゅっと結び、スマホを差し出す。 「通知、鳴ってたよ。誰かから連絡みたい」 ロックを解除したわけではない。画面に次々表示される通知を目で追っただけだ。 手についた水気をズボンで無造作に拭い、スマホを受け取って画面を確かめた隆行は、数秒後に慌てたように私を見る。 「病院に重症の急患が運ばれたらしい。梢の手伝いに戻らないと。新婚旅行はまた今度にしよう」 本当に患者のためなのか、それとも記念日に間に合わせたいだけなのか。喉元まで出かかった問いは、結局、深いため息に変わる。 「今回は、ちゃんとプランを立てたの。あなたの好きなものも、写真映えするスポットも調べたし、ホテルだって予約済みよ。せめて今日だけでも、予定どおり過ごせない? 病院のことは誰かに任せられるでしょ。他の先生だっているんだし」 情けないと思いながらも、この懇願で彼が残ってくれることを心のどこかで願っていた。 けれど隆行は、私を一瞥しただけだった。それも、驚くほどあっさりと。 「いい加減にしてくれ。結婚した時からわかってただろ、俺は医者だ。医者としての使命がある。人を救うことが何よりも優先されるべきなんだ。お前の今の言葉で、ひとりの命が見殺しにされるかもしれないってこと、わかってるのか?」 第2話 隆行の声はやけに大きく、道行く人々がちらちらとこちらを窺いながら、あれこれと囁き合っている。 事情も知らない赤の他人が、夫婦なのだから理解し合うべきだの、お医者さんが忙しいのは仕方ないだのと、誰もがしたり顔で私を諭してくるのだ。 私の胸の内がどれほど苦しく、軋んでいるかなど、彼らは知る由もない。 この名ばかりの結婚生活に、私がどれほど疲れ果てているかなんて、誰も知らないのだ。 だったら、行けばいい。手の届かないものに、これ以上背伸びしてまで手を伸ばすつもりはなかった。 「悪いとは思ってる。とりあえず今夜はホテルで休んでくれ。チケットは明日取り直せばいい。俺は家で待ってるから、帰ったらお前の好きなローストチキンを作るよ。じゃあな」 隆行はそそくさと人混みの中へ消えていく。 その遠ざかる背中が、焦った様子で梢に電話をかけているのが見えた。 一刻も早く、彼女の元へと戻りたいのだろう。 わざわざここまで来て、私に付き合うふりをしてくれただけでも、彼にとっては大した苦労だったに違いない。 ホテルの部屋に戻った後、私は勤め先の病院へ退職願を提出した。 院長からの返信は早かった。私が隆行と梢の関係から逃げているだけだと思い込んだ院長は、よく考え直すようにとメッセージで引き留めてきた。 私は手にしていた煙草を灰皿に押しつけ、自ら院長に電話をかけた。 「院長、これまで本当にお世話になりました。よく考えた上での決断です。決して衝動的なものではありません。 子供の頃から、ずっとやりたかったことなんです。誰のせいでもありませんし、価値のない人間のために、自分の人生を曲げるつもりもありません」 電話の向こうで数秒の沈黙が流れ、やがて深いため息が聞こえてきた。 「よく考えた末の結論なら、それでいい。ただ、退職は大きな決断だ。特に国境なき医師団での活動となれば、いつどこで危険な目に遭うかわからないからな。 隆行にはちゃんと話しておくんだぞ。どんな事情があるにせよ、夫婦なのだから、こんなことで揉めてはいけない。 晴加、君が自分の進むべき道を見つけられたこと、私は心から嬉しく思っているよ。結婚のことも、あまり思い詰めるんじゃない」 院長の穏やかな声には、いたわりと惜しむ気持ちが滲んでいた。私は小さく「はい」とだけ答え、こっそりと目尻からこぼれ落ちた涙を拭う。 「彼にはきちんと話します。院長も、どうかお元気で」 電話を切った後、私は机に突っ伏し、声を上げて泣き崩れた。 結婚して3年、付き合っていた期間を合わせれば5年になる。隆行との間には、それだけの月日と思い出が積み重なっていた。 このまま一生一緒に生きていくのだと、少しも疑っていなかった。それなのに結局、すべてが虚しく終わろうとしている。 窓の外では、いつの間にか小雨がぽつぽつと降り始めていた。スーツケースを開け、あらかじめ入念に用意しておいた旅行プランとワンピースを取り出すと、私は自嘲気味に笑った。 結婚したばかりの頃、私も隆行もようやく医師として働き始めたばかりで、毎日目が回るほど忙しく働いていた。 当然ながら、ウェディングフォトを撮る時間などあるはずもなかった。 それが、私がこれほどまでに新婚旅行にこだわり続けた理由でもある。 妻として、私は隆行と二人が一番輝いている瞬間を、どうしても形に残しておきたかったのだ。 隆行に申し訳ないという気持ちがあったからこそ、その分を埋め合わせたかった。 まさかその切実な気持ちが、彼にとってはただの重荷にしかならないなんて、思いもしなかった。 きっと彼は、心の中で何度も私に呆れ果てていたのだろう。いい大人が、いつまで新婚旅行なんかに執着しているんだ、と。 以前は彼を気遣って口に出せなかった。今はもう、口にする気すら起きない。 きっとこれが、私と隆行にとって、一番きれいな終わり方なのだろう。 …… 翌朝、雨上がりの薄い霧の中を歩きながら、私は帰りの飛行機に乗り込んだ。 周りの乗客たちは口々に、旅の思い出だとか、通り過ぎてきた美しい景色だとかを楽しげに語り合っていたが、私はただ一度だけ、窓の下に広がる街を見下ろした。 かつて、一番の憧れだった場所。 何度も訪れては、その度に置き去りにされてきた場所。 もう二度と、ここへ来ることはないだろう。 数時間後、疲れ果てた体で家に帰り着いた。 隆行は明らかに一晩中帰っていなかった。家の中は何ひとつ変わらないままで、私が慌ただしく出て行った時に乱れたスリッパさえ、昨日のままの状態で玄関に残されている。 予想していた通りだった。それでも、胸の奥にちりちりとした苛立ちが込み上げてくるのを、どうしても抑えることができなかった。 第3話 夕方になって、隆行はようやく夕日を背に、部屋へ入ってきた。 昨日と同じシャツのままで、甘ったるい香水の匂いと、まだ微かに残る酒の匂いが混じり合って鼻を突く。思わず鼻を押さえてしまうほどだった。 「帰ったのね」 私の仕草に気づいたのか、彼はどこか気まずそうに襟元を整える。 「あっ……昨日、手術が終わったのがもう遅い時間でさ。それで科の連中と飲みに行ったんだよ。みんなに勧められて少し飲んじゃって、断りづらくて。それで帰れなかったんだ。 ちょっと酒臭いな。先にシャワーを浴びてくるよ」 私はしばらく何も答えなかった。隆行はバスタオルを引っ掴むと、逃げるように浴室へと駆け込んでいく。 彼が出てきた頃には、私はソファに座って出前の弁当を食べていた。 彼が部屋に入ってきた時、その手に食材の袋を持っていたことには気づいていた。 でも、私の心の中にはもう何の期待もなかった。 約束を破ることなど、隆行にとってはいつものことだ。 あの食材だって、私のために用意したものだとは到底思えない。彼の約束が意味を持つのは、梢に対してだけなのだから。 「今日は俺が作るって言っただろ」 意外にも、隆行は不機嫌そうに顔を曇らせると、私の出前を強引に取り上げた。 「晴加、また何を拗ねてるんだ?昨日のことは仕方のない緊急事態だっただろ。もう説明したじゃないか、緊急の患者が運ばれてきたって。お前だって医者なんだから、見殺しにしろって言うのか? 新婚旅行くらいのことに、なんでそんなにこだわってるんだよ。少し落ち着いたら必ず埋め合わせするから、それじゃダメなのか?」 彼の動きは荒々しく、濡れた髪から落ちる雫が容赦なく私に降りかかった。 冷たかった。今の私の心と、同じくらいに冷え切っていた。 「……返事しろよ」 苛立ちに任せ、彼は手にしたタオルをそのまま私に投げつけてくる。 痛みと冷たさが同時に襲いかかり、思わず目元を押さえると、涙が滲んだ。 「また何を勝手に想像してるんだ?そのゲスな勘繰り、いい加減にしてくれないか?俺と梢はただの師弟関係だ。彼女はまだ入局したばかりで何もわかってないんだから、少し面倒を見てやるのがそんなにおかしいか? どうしてお前は、いつもそっちの方向にしか考えられないんだよ。自分がひねくれてるから、何を見ても汚く見えるんだな」 私が何も言わないうちから、彼は先回りして梢との関係を必死に否定してみせた。 見方を変えれば、それこそ彼にやましいところがあるという何よりの証拠ではないだろうか。 「私、1日中何も食べてないの」 力なくソファに座り込み、ゴミ箱に捨てられた出前に手を伸ばす。 疲れ果てていて、彼と言い合う気力すら残っていなかった。 隆行は一瞬固まると、後ろめたそうにティッシュを取り、私の顔に落ちた水滴を拭おうとした。 「その出前、もう汚れてるだろ。食べるなよ。とりあえず何かお菓子でもつまんでろ、俺、すぐ飯作るからさ」 伸びてきた彼の手をよけ、私は身を強張らせながらそっと後ずさった。 「いい、自分で拭くから。作りたいなら、さっさと作ってきてよ」 こんな見え透いた三文芝居を、これ以上見ていたくなかった。 本当は私から一刻も早く離れたいくせに、心配しているふりだけは決して欠かさない。 隆行、あなたのことが、私にはずっとわからなかった。 「わかった。すぐ作ってくるよ」 隆行はキッチンへ向かう前、出前の容器をまたゴミ箱の奥へと押し込んだ。 空腹を我慢しながら戸棚に何かないかと探していると、彼が部屋からスナック菓子をいくつか抱えて戻ってきて、私の前に並べる。 「適当につまんで腹の足しにしろよ。あんまり食べすぎるな、あとで飯が入らなくなるからな」 その目に浮かぶ気遣いはあまりにも真に迫っていて、私は心の底から彼の演技力に感心してしまった。 「あなたの後輩さんは、呼ばなくていいの?」 その一言に、背を向けかけていた隆行が勢いよく振り返る。今度こそ、その目に浮かんだ期待の光は本物だった。 「いいのか?」 第4話 「もちろんよ」 すべての選択肢の中で、梢は常に彼の最優先だった。 今更ながら、その残酷な現実がようやく私にもはっきりと見えてきた。 私の答えを聞くや否や、隆行は慌ただしくキッチンへと駆け込んでいく。 電話をかけるでもなく、メッセージを送るでもない。 つまり、とっくに梢を呼ぶつもりでいて、ただ都合のいい口実が見つからなかっただけなのだ。 私の一言が、彼にその完璧な口実を用意してやったことになる。 私は苦笑いを浮かべながらポテトチップスの袋を開け、適当に1枚、口へと放り込んだ。 その時、スマホにSNSの友達追加の通知が届いた。 梢からだった。病院のグループLINEから、私のアカウントを見つけ出したらしい。 添えられたメッセージには、こう書かれていた。 【今日、先生がなんで晴加さんに料理を作ろうとしたか、気になりませんか?昨夜先生がどこで寝たか、知ってます?いっそ尊敬しちゃいますよ、そこまでコケにされて平然としていられるなんて。 正直に言いますね。私が1周年って口実で先生を呼び戻したのは、あなたたちに新婚旅行なんてさせたくなかったからです。まさか、また置き去りにされるとは思いませんでしたけど。本当、滑稽ですね】 彼女のSNSを開くと、そこには隆行との写真がずらりと並んでいた。 何枚かは、顔と顔がくっつくほど親密なものだ。 まるで、あちらが本物の夫婦であるかのように。 すると、梢はさらに何枚もの写真を送りつけてきた。 抱き合っている写真、2人で指を合わせてハートマークを作っている写真。 そして最後に送られてきたのは、キスをしている写真と、ペアリングをこれ見よがしに写した1枚だった。 それは1か月前、私が自分でデザインを考え、デザイナーに特注した結婚指輪だった。 結婚当初はあまりにも慌ただしく、生活が落ち着いてからというもの、私はずっと隆行に何か埋め合わせをしたいと考えていたのだ。 先週、その指輪を受け取りに行ったのは隆行だった。 帰り道が酷い渋滞で、途中で買い物にも寄ったら、指輪を失くしてしまったのだと、彼は目を赤くしながら私に告げた。 今にも泣き出しそうな彼を見て、私は心の奥の悲しみを抑えながら、指輪ならまた作ればいいと優しく慰めたのだ。 結局、指輪は失くしたのではなかった。彼が本当に渡したかった相手に、ただ渡していただけだったのだ。 【あー、あの日先生が指輪を受け取りに行った時、私、たまたま見かけて、すごく私に似合いそうだなって言ってみたんです。そしたら先生、すぐくれちゃって。晴加さん、まさか怒ってないですよね?】 彼女は当てつけるようなメッセージを次々と送ってきたが、私はスマホの画面を伏せ、それ以上は見ないことにした。 すっかり日が暮れる頃になって、梢はようやく手土産を提げて、のんびりとした様子で家に現れた。 部屋へ入ってくるなり、彼女は友達追加の話を持ち出し、わざとらしく傷ついたような顔をしてみせた。 「晴加さん、あんなにメッセージ送ったのに、どうして返してくれなかったんですか? 私、うるさかったですか?すみません、入局したばっかりで、ちょっと話しすぎちゃって」 恥ずかしそうに頬を染める彼女を見て、隆行は私を鋭く睨みつけると、不満げに口を開く。 「お前だって入局したばかりの頃は何もわかってなかっただろ。梢はただ勉強熱心なだけなのに、なんでそんなに心が狭いんだよ」 その日の食事は、まるで砂でも噛んでいるようで、何の味もしなかった。 梢は反対に終始ご満悦の様子で、帰り際、招待状を1枚、私の前へと差し出した。 「晴加さん、明日レストランを予約したんです。私の初めての執刀が無事終わったお祝いに。晴加さんも先生も、ぜひ来てくださいね。特に先生には、ちゃんとお礼をしたいので」 手術成功の祝いというより、私への明らかな当てつけと言った方が正しいだろう。 招待状には、隆行と彼女の名前が、これ見よがしに並んで書かれている。 けれど、そんなことにいちいち構っている時間は、私にはもう残っていなかった。 「明日、必ず行くわ」 彼女が帰った後、私は部屋にこもって自分の荷物の整理を始めた。 その日のうちに、大半の物はリサイクル業者に引き取らせ、貰い手のなかったものは全部ゴミ袋へ捨てた。 隆行は何かがおかしいと感じたのか、部屋の中を何度も落ち着かなげにうろついた後、探るように尋ねてくる。 「家の中、模様替えでもするのか?」 この家のどこもかしこも、家具のひとつに至るまで、すべて私が選び、運び込んだものだった。 彼は少しも疑っていなかったし、これからも疑うことはないだろう。 それでいい。余計な面倒を、避けられるのだから。

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